中学生のころ、"When I Was Sixteen"というエッセイを読んだ
あるひとりの少年が、大海原を越えて、アメリカとメキシコを旅する数ページほどの小さな物語
ここではないどこか遠くへの旅に、私は胸を躍らせた
ここではない、どこか。
その頃は、星野道夫という写真家のことも、アラスカのことも、何も知らなかった
が、いつのときからか、自分もまた極北への漠とした憧れを抱くようになっていた
年月は流れ、ようやく訪れたアラスカ
降り立った極北の短い晩夏と秋の色
私はいつもここにいて
過ぎ行く季節を見送っている
ありがとう。また会おうね。
       新しい緑が              でも、窓の外に
       この土地に              そんな変わり映えのしない景色が広がっていることも
       あざやかにきざすとき         実はそれでいて素敵なことなのだと
       私はもう、              気づかせてくれた人がいた
       ここにはいなくて           ここ、のなかで
       また新しいのか(それとも古いのか)  お気に入りの場所を見つける
       わからない生活を           やわらかな日差しがさして
       送っている              心地良い風の吹くような
       例えば                変えずとも、変わってしまうから
       キャンパスの図書館から眺める     そこ、は一層愛おしくおもえる
       建物とか               今日だって
       公園とか               昨日とは違う風が吹いている
       おそらくは
       相も変わらずに
鮮やかな黄色に染まった葉が
ひとひら、またひとひらと
空から降りてくる様を
儚くも、これほど素敵だと
感じたことはなかったかもしれない
通り過ぎ
見過ごしてきた景色のおおさに
気がつかされる秋
桜の花びらが
散りゆくのを
美しいと思うように


見上げた空
ぬけのよい青
だいだいに染まった落ち葉を
木々に囲まれながら
一枚一枚
踏みしめて歩く
光が、なんだかちらちらと
差しこんでくる
ふりむいても。ふりむいても。
いつか
かえりたい場所
なつかしく想う瞬間
ひこうき雲
うっすらと
かすれ行く
何も
怖くはないと、思った
空はひとつだ
光は、つかのまのものではない
いつもともにあるもの
見えないのではなく



木々は散っても
やがて芽吹くのを
私たちは
知っているから
次の季節を
待っていられるのだろうか
そもそも
私たちは 
もう
出会うことはできないのだろうか


忘れないで
覚えていて
全ての存在者たち
この季節が終わり
次の季節が来て
次の次の季節が来て
次の次の
そのまた次の季節を迎えて
ぐるぐるぐるぐる
地球はまわり
星々はまわり
誰かと出会い
誰かを愛し
誰かと別れ
私は
ここから
いなくなる
降りつもるような
落ち葉に秘められた
深い
やさしさを
ふりかえることもなく
そして
落ち葉は
みなぞこの
まんまるなガラス瓶を
静かに
満たしていく
あふれ出る
想いのように
風が
それをどこかへと
 運んでいく

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