「あの樹が言ったの。命は決して消えないって」
                                                                                                                                                                          遠藤周作『深い河』
季節は知っている
秋色に染まり、やがて冬枯れた梢に新たな芽吹きをみること
よどみないその時の流れに、まるでちいさなまぼろしをみるような

この街が、まだ山や、森に包まれていたときに触れたくて
少し手前のバス停で降り、小川に沿った歩道を上ってゆく
時折マスクをはずしては、真夏の草いきれを胸いっぱいに吸い込む
本当は、こんなにも季節は、それぞれの匂いに満ちている
いのちの、においがした

誰かにとっての「行ってきます」と、「ただいま」のしるしとして
一つ一つの風景は、今日もそこで
私たちを見送り、そして迎え入れる
かすかに思い出すのは
いつか絵本で読んだ、一軒のおうちの話
かつて野原にポツンとたたずんでいた家の周りには
いつしか道が敷かれ、汽車が通り、街ができ
ビルに囲まれた一軒のおうちは、やがて小さくなっていった
夕暮れ近く、小高い丘の上から、重ね合わせるようにこの街を眺める

大切なことは
目まぐるしく変化してゆくもののなかに、根をおろし、太くしてゆくものがあるということ
人が生きることの中で抱えた情念は、死して、どこへ
地は想いを宿し続け、それは、私たちが生きて在ることに寄り添う
そう強く確信するとき、生と死はゆらぎ、たましいはここに帰ってくる
季節は、知っている
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